東京高等裁判所 平成10年(行ケ)293号 判決 1999年9月22日
原告
【A】
訴訟代理人弁護士
左部明宏
同弁理士
【B】
同
【C】
被告
角田興業株式会社
代表者代表取締役
【D】
訴訟代理人弁理士
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成9年審判第18718号事件について、平成10年7月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「側壁用型枠」とする特許第1407659号発明( 昭和54年1月30日出願、昭和62年10月27日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成9年10月31日、本件発明の特許登録を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成9年審判第18718号事件として審理した上、平成10年7月22日、「特許第1407659号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年8月17日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨
1 特許請求の範囲の請求項1に記載された本件発明の要旨
折曲可能な防水性材料からなる連続する帯状の表面体と、この表面体の裏面にその長さ方向に沿い所望間隔に固着した表面体の幅方向に延びるチャンネル部材と、この各チャンネル部材に係脱可能に組付けられ、かつ上記表面体を地上に立設するバー状の保持部材と、上記表面体の裏面側にその全長にわたり張り巡らされ、かつロッドにより上記保持部材に固定された可撓性シートとからなり、上記隣接の保持部材により分離されかつ上記可撓性シートおよび表面体により区画されたポケット内にコンクリートを充填できるようにしたことを特徴とする側壁用型枠。
2 同請求項2に記載された実施態様(以下「本件実施態様」という。)の要旨
表面体がファイバーグラスまたはステンレス板からなっていることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の側壁用型枠。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、その出願前に頒布された刊行物である米国特許第3468088号明細書(審決甲第1号証、本訴甲第3号証、以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきものであるとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本件発明及び実施態様の要旨の認定、当事者双方の主張の認定、引用例の記載事項の認定、引用例発明の認定、本件発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定、相違点についての判断の一部(審決書11頁19行~12頁14行)、本件実施態様に関する認定の一部(審決書13頁7~13行)は、いずれも認める。
審決は、本件発明と引用例発明との相違点の判断において、周知技術の適用を誤り(取消事由1)、本件発明の有する顕著な作用効果を看過して(取消事由2)、本件発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(周知技術の適用の誤り)
本件発明の「保持部材」は、壁面保持材(表面体に可撓性シートを保持し、かつ、該シートと表面体との間にコンクリート打設用の十分なポケットを画成する手段)と壁面支持材(壁面を地中に対して立設固定する手段)の2つの機能を持たせたものである。
これに対し、審決がした、「コンクリートを打設前に、水泳プールの壁体に組付けられた杭等の部材を地中に垂直に打ち込み、水泳プールの壁体を垂直状態に立設維持することは、周知の手段である」(審決書11頁19行~12頁3行)との判断については認めるが、その根拠とした特開昭47-14947号公報(甲第4号証、以下「周知例1」という。)及び特開昭50-97134号公報(甲第5号証、以下「周知例2」という。)に記載されたものは、「壁面を支持するために壁面とは別に杭を打ち込むもの」である。
また、審決がした、「一般的に土木・建築技術として、例えば壁体、堰板等の立設体を垂直に立設維持するため、垂直体にバー状の保持部材を組付け、この保持部材を地中に打ち込むことは、普通に実施されている手段にすぎない」(審決書12頁5~9行)との判断については認めるが、その根拠とした実願昭48-84017号(実開昭50-31732号)のマイクロフィルム(甲第7号証、以下「周知例3」という。)、実願昭48-7809号(実開昭49-113426号)のマイクロフィルム(甲第8号証、以下「周知例4」という。)及び特開昭49-67468号公報(甲第6号証、以下「周知例5」という。)に記載されたものは、「立設体を垂直に立設維持するために専用のバー状保持部材を地中に打ち込むもの」であって、上記壁面保持材と壁面支持材の2つの機能を持たせたものでない。本件発明のように、保持部材を係脱可能な状態に取り付け、これを地中に埋め込むことにより2つの機能を持たせることは、容易に思いつくものではない。
被告は、引用例の図5、6に記載される第2の実施例に、保持ロッドを必要としないで自立維持できる構想も示唆されていると主張するが、この実施例は、H形部材26がフッタ39の流し込みの前に、フッタ39用に穿設された構内において垂直に配置されることが単に開示されているだけであり、そのフッタ39で覆われたH形部材26下端の具体的な固定構造は不明である。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)
本件発明の「各チャンネル部材に係脱可能に組付けられ、かつ表面体を地上に立設するバー状の保持部材」の技術的特徴は、表面体に可撓性シートを保持し、かつ、該シートと表面体間に十分なポケット(コンクリート打設空間)を画成するために必要不可欠なバー状保持部材を利用して、専用の壁面支持部材を別途使用することなく、プールの壁体を簡単な構造で立設維持できるようにした点、各チャンネル部材に係脱可能な保持部材の下端を直接地中に打ち付けるため、施工作業が非常に簡単なばかりか、プール壁面を支持するために外側に土壁を残しておく必要がなくなり、プール壁面の外側を広く堀り起こすことができるので、プールを設置する場所の土壌の質を選ぶ必要がなくなり、かつ、プールを施工する地面をプールの形どおりに掘る必要がなくなったことにより、作業効率が飛躍的に高まった点にある。このような作用効果は、本件明細書の「側壁成形時の人手と時間を大幅に減少でき・・・側壁形成の作業性がさらに向上し」(甲第2号証2頁4欄第31~35行)との記載とも密接に関連するものである。
これに対し、引用例発明では、引用例図2に明示されるように、施工するプールの形どおりに掘削した地面の側壁に、プール壁体を保持するために保持ロッド34を一定の高さに揃えて水平に打ち込み、その上にプールの壁体23を乗せ、これを固定していく必要があり、そのような施工作業は、非常に煩雑で能率が悪いばかりか、壁体に対する支持も不安定である。
したがって、本件発明と引用例発明とは、作用効果上、明確な差異があり、審決が、相違点に関する判断において、引用例発明の「保持ロッドにより壁部材(表面体)を保持するに代え、H形型枠支持部材(保持部材)を、本件発明の第1項に係る事項の保持部材のように、その下端を地中に打ち込み、壁部材(表面体)を垂直に保持することは、当業者であれば必要に応じて容易に想到できることにすぎない」(審決書12頁16行~13頁1行)と判断したことは誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 審決は、本件発明と引用例発明との対比判断において、本件発明が、「保持部材が各チャンネル部材に係脱可能に組付けられ、かつ上記表面体を地上に立設するものである、すなわち実施例に記載されているように保持部材の下端を地中に打ち込むことによって表面体が窪みの底面上に垂直に保持されるのに対して、甲第1号証記載の発明は保持部材とは別の保持ロッドが表面体の底部分に形成された孔を通して、窪みの側面の中に延びて、表面体を保持している点で相違している。」(審決書11頁9~18行)と相違点を認定しているが、前示本件発明の要旨によれば、表面体を地上に立設するバー状の保持部材は、表面体に固着したチャンネル部材に係脱可能に組み付けられ、表面体を地上に立設するための手段であって、自立状態で表面体を支持する機能を有するものであればよく、この保持部材の下端側における自立構造まで特許請求の範囲では特定していないので、上記相違点の認定は誤りである。
2 取消事由1、2について
上記のとおり、本件発明の特許請求の範囲では、表面体を地上に立設するバー状の保持部材の下端側における自立構造まで特定していないので、本件発明の保持部材とこれに相当する引用例発明のH形型枠支持部材とは、構成上で差異はなく、また、構成が同じならば作用効果上での差異も生じるはずがない。
本件発明が、仮に、その実施例の記載のように、保持部材を地中に打ち込んで立設維持させる構成(相違点に係る構成)のものに限定されるとしても、審決では、この点を除いた構成は、壁面を保形する壁面保持材及び壁面を地中に立設固定する壁面支持材を含めて、一致点として引用例に開示されている旨認定されている(審決書10頁15行~11頁7行)から、周知例1~5(甲第4~8号証)に、壁面保持材及び壁面支持材としての双方の機能を備えた保持部材が開示されている必要はない。そして、この相違点に係る構成は、周知例1~5に記載されるとおり、周知の手段である。
しかも、引用例の図5、6に記載される第2の実施例では、「H形部材26は、フッタ39の流し込みの前にフッタ39用に穿設された構内において地中に垂直に立てられる」ことが開示されており、保持ロッド(34)を必要とする第1の実施例以外に、これを必要としないで自立維持できる構想も示唆されている。
したがって、本件発明が、仮に、保持部材を地中に打ち込んで立設維持させる構成に限定されるとしても、審決が、引用例発明と周知技術とに基づいて、当業者が本件発明を容易に発明することができると判断した(審決書12頁15行~13頁5行)ことに誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 審決の理由中、本件発明及び実施態様の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、引用例発明の認定、本件発明と引用例発明との一致点の認定、相違点についての判断の一部(審決書11頁19行~12頁14行)、本件実施態様に関する認定の一部(審決書13頁7~13行)は、いずれも当事者間に争いがない。
なお、審決は、本件発明と引用例発明との相違点について、本件発明が、「保持部材が各チャンネル部材に係脱可能に組付けられ、かつ上記表面体を地上に立設するものである、すなわち実施例に記載されているように保持部材の下端を地中に打ち込むことによって表面体が窪みの底面上に垂直に保持されるのに対して、甲第1号証記載の発明(注、引用例発明)は保持部材とは別の保持ロッドが表面体の底部分に形成された孔を通して、窪みの側面の中に延びて、表面体を保持している点で相違している。」(審決書11頁9~18行)と認定するところ、前示本件発明の要旨には、表面体を地上に立設するバー状の保持部材は、表面体に固着したチャンネル部材に係脱可能に組み付けられ、表面体を地上に立設するための手段であることのみが、一義的、かつ、明白に記載されており、この保持部材の下端側における自立構造は全く特定されていない。したがって、保持部材の下端の構成を、単に実施例として記載されているという理由で、何らの実質的根拠を示すことなく、上記のとおり「保持部材の下端を地中に打ち込む」と限定して認定し、引用例発明との相違点とすることは、明らかに誤りといわなければならない。
しかし、後記のとおり、この相違点に係る構成に関しても、引用例発明及び周知技術によって、当業者が容易に想到できたものであるから、本件発明及び実施態様が引用例発明及び周知技術により容易に発明できたものであり、その特許を無効とする審決には、結論において誤りはない。
2 周知技術の適用の誤り(取消事由1)について
「コンクリートを打設前に、水泳プールの壁体に組付けられた杭等の部材を地中に垂直に打ち込み、水泳プールの壁体を垂直状態に立設維持すること」(審決書11頁19行~12頁2行)が、周知例1及び2(甲第4及び第5号証)に示されるとおり、周知の手段であること、また、「一般的に土木・建築技術として、例えば壁体、堰板等の立設体を垂直に立設維持するために、垂直体にバー状の保持部材を組付け、この保持部材を地中に打ち込むこと」(同12頁5~8行)が、周知例3~5(甲第6~8号証)に示されるとおり、普通に実施されている周知の手段であることは、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、相違点である上記の「保持部材の下端を地中に打ち込むことによって表面体が窪みの底面上に垂直に保持される」という構成についても、上記周知例を勘案した当業者が、容易に想到できることが明らかといわなければならない。
原告は、本件発明の保持部材が、壁面保持材と壁面支持材の2つの機能を持たせたものであるのに対し、周知例1及び2に記載されたものは、壁面を支持するために壁面とは別に杭を打ち込むものであり、周知例3~5に記載されたものは、立設体を垂直に立設維持するために専用のバー状保持部材を地中に打ち込むものであるから、これらの周知例から、本件発明のように2つの機能を持たせることは、容易に思いつくものではないと主張する。
しかし、審決は、保持部材を地中に打ち込んで表面体を垂直に保持させるという相違点に係る構成についてのみ、周知例1~5を適用したものであり、この点を除いた構成はすべて、一致点として引用例発明に開示されている旨認定されており(審決書10頁15行~11頁7行)、このことは前示のとおり当事者間にも争いがない。そうすると、原告が主張する、本件発明の保持部材が、表面体に可撓性シートを保持し、かつ、該シートと表面体との間にコンクリート打設用のポケットを画成する手段である壁面保持材と、壁面を地上に対して立設する手段である壁面支持材との、2つの機能を有する点についても、当然、引用例発明に開示されているところであり、また、上記相違点に係る構成が周知例1~5に開示されていることも、前示のとおりである。したがって、原告の上記主張は、明らかに失当であって到底採用することができない。
3 顕著な作用効果の看過(取消事由2)について
原告は、本件発明の保持部材の技術的特徴が、表面体に可撓性シートを保持し、かつ、該シートと表面体間に十分なポケット(コンクリート打設空間)を画成するために必要不可欠なバー状保持部材を利用して、専用の壁面支持部材を別途使用することなく、プールの壁体を簡単な構造で立設維持できるようにした点と、各チャンネル部材に係脱可能な保持部材の下端を直接地中に打ち付けるため、施工作業が非常に簡単なばかりか、プール壁面を支持するために外側に土壁を残しておく必要がなくなり、プール壁面の外側を広く堀り起こすことができるので、プールを設置する場所の土壌の質を選ぶ必要がなくなり、かつ、プールを施工する地面をプールの形どおりに掘る必要がなくなったことにより、作業効率が飛躍的に高まった点にあるから、本件発明と引用例発明とは、作用効果上、明確な差異があると主張する。
しかし、引用例発明が、表面体に可撓性シートを保持し、かつ、該シートと表面体間に十分なポケット(コンクリート打設空間)を画成するために必要不可欠なバー状保持部材を有することについては、前示のとおり、当事者間に争いがなく、このような引用例発明について、前示の保持部材を地中に打ち込んで表面体を垂直に保持させるという周知技術を適用すれば、原告主張の上記作用効果が生じるであろうことは、当業者が容易に予測できる範囲内のことといえる。しかも、上記の保持部材の下端を直接地中に打ち付けることに関する効果は、本件明細書(甲第2号証)にも全く記載されておらず、それ自体失当なことが明らかである。いずれにしても、原告の主張を採用する余地はない。
以上のことからして、審決が、引用例発明の「保持ロッドにより壁部材(表面体)を保持するに代え、H形型枠支持部材(保持部材)を、本件発明の第1項に係る事項の保持部材のように、その下端を地中に打ち込み、壁部材(表面体)を垂直に保持することは、当業者であれば必要に応じて容易に想到できることにすぎないと言うことができる。
よって、本件発明の第1項に係る事項は、甲第1号証により当業者が容易に発明をすることができたものである。」(審決書12頁16行~13頁5行)と判断したことに誤りはない。
4 したがって、原告の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)